運・ツキの正体と存在

ついているとか運が無かったとか普通に使われる言葉ですが、今回のコラムでは運やツキの正体に迫ってみようと思います。

それは例えて言うならば信号機のようなもので、自宅を出てから会社に到着するまで5つの信号を通るとして、全ての信号機で赤信号で停止させれれtら運が無かったツイて無かったと感じて、逆に全ての信号を通過する際に青信号で停止することなく通過できれば、今日はツイていると感じるのが一番状態を表しているんだと思います。

じゃぁ本人の意思とか努力は関係無いかと言いますとそうでもなくて遠くに見える次の信号の状態を見て、進むスピードを調整することで、停止を免れる確立を少しだけ高めることが出来ますよね。

そんなわけで科学的に証明が出来ないまでも、確実に運やツキってのは存在していますし、それは本人の意識と全く関係なく本人の人生を左右する要素もありますけど、自らの行動で結果を代える事ができるのが運やツキの正体じゃないかと思いませんか?

もちろん大渋滞で本人の意思とか行動では全く状況を変えることが不可能で同じ信号で5回待ちなんて状況は発生いたしますし、稀にアクシデントが発生して通行止めでお蔭で会社に遅刻して、本人が営業マンだったら大切な商談に遅刻してしまって、大きな損失を蒙りましたなんて全くツイていない運が無かったなんて状態ですよね。

ここまでくると単に確立や統計が正体なのか、見えざる意志の存在が実在するのか分からなくなってきますけど、信号機の状態だけをとっても信号を切り替えるタイマーの調整一つでひっかかる確立が変化してきますから、プログラマーが見えざる手の正体なんて事になってしまいますね。

さて運やツキの正体が分かったところで存在を信じるほうが得か損かで考えて見ましょう。

このあたりは実に難しくて、一生懸命頑張っていればお天道様は必ず見ていて自分に運が向いてくると信じて頑張るのが最も自分が得するとか運が向いてくる方向じゃないでしょうか?

つまり運命が人生を決定しているなんて達観した心境になってしまったら努力しなくなって、高い確率で転落への道を歩みだしてしまいますし、逆にその手のオカルトは一切信じないって考え方も、ここぞって時に頑張るときに拠り所にする心の支えを失ってしまうような気がするんですよね。

追伸

私が社会に出て飛び込み営業だとか新規顧客開拓でドアtoドアの開拓営業をやっていた頃には、やっぱり必ずお客にめぐり合えるから信じて営業活動を続けていたものですけど、朝から全然成果が出なくてすっかり夕闇が迫ってきたときに、気力を奮い立たせて最後の一軒・・で成果が出たときってのはやっぱり見えざる力を感じましたね。

関連コラム

開運コラムインデックス

息抜き代わりのコラム他

結婚支援サイト等紹介

著作権表示