棒ほど願って針ほど叶う

諺の意味ってのは普通の日本人の国語能力を超越した所に有る場合も多くて困ってしまうのですが、今回のコラムの本題であります、棒ほど願って針ほど叶うの意味は、願いや望みが中々達せられない状態を指すのだそうですが、私的に日本語解釈しますと、最後が”叶う”って事になっているわけですから、棒ほどの願いをすれば、まあ針位は叶うよって前向きな意味だと思うので有りまして、そんな風に前向きに考える人こそ幸福が訪れるって事で良いのでは無いでしょうかね?

つまりまあ、ドイツが誇る高級車ベンツが欲しいって願ってそいつを心に秘めていつかは自分もベンツを買ってやるって、日々頑張って働けば10年も頑張れば中古のカローラ位は買えるでしょうし、田園調布に土地付き一戸建てを購入しようって願って30年も働けば定年間際に茨城の大洋村に家庭菜園用の土地を10坪ほど買えるかも知れませんよって事をこの諺は語っているので有りまして、元気を出してガンバラナクッチャって事なのでしょうね。

でね、棒ほど願っても針くらいしか叶わないのであれば、願うのを止めようかなって思って何の願いも目標もなく努力も何もしない人は針ほどの願いも願望も叶わないまま人生が終わってしまうので有りますから、願いや目標ってのは非常に大切な事なのですよね?

ついでに書いておきますと、成功して大富豪になった人ですとか、一流スターになったスポーツ選手などがインタビューで努力して目標に向かって歩き続ければ必ず夢は叶う・・みたいな事をノウノウと話す人が希にいますが、そんな事はトップに立てたから言えるのでありまして、努力して諦めなければ全ての人の夢が叶う何てことはあり得ないのでして、それよりも棒ほど願えば全ての人が針ほどの願いは叶いますよって話したほうが正解ではないでしょうかね?

あとね、針ほど願って棒ほど叶ってしまったって誠にラッキーな人が希に出てくるのでありまして、たまたま生まれて初めて購入した宝くじで高額当選してしまう人ですとか、ちょっとしたアイデアがあたって巨万の富を築き上げてしまった人ですとか、そーゆー努力や願望とは無縁の成功者の要因については何とも言えないのですが、この場合は無欲の勝利とでも言えばよいのでしょうかね?

追伸
この原稿を書きながら私の過去を振り返って回想していたのですが、何となく針ほど叶ってきた連続でここまで着たなってのが正直な感想なのでありまして、すなわち棒ほど願う連続だったのです。

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